大人の夏休み日記

大人だって夏休みほしいじゃん?

母方のじいちゃんの話

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

 

はてなブログのお題にあったので、書いてみます。

 

私は母方のじいちゃん子でした。

じいちゃんは、歌が好きで、地元のカラオケ大会に出るような人でした。

「舞台に立ってるときに下から花束を渡されるスター的な体験がしたい」

ということで、うちの父にヤラセを仕込んで花束渡させるような

ワガママじいちゃんです。

よく小さいころ

「腰を踏んでくれ」

と、じいちゃんの腰の上に立って、1・2・3・4・・・・100と、足踏み。

 

 

そして、気の強いばあちゃんとよく喧嘩してました。

 

 

あんまり孫を褒めてくれないじいちゃんでしたが、

私が戦争の話を聞いて、勉強しようとしている姿を見て

「戦争のことだけは忘れたらいかん」

と、褒めてくれたの、忘れられません。

 

 

そのじいちゃんは、私が外国にいるときに危篤になりました。

亡くなったといったん連絡を受け、実は死んでおらず

何そのフェイント、と思いながら

あと5分で息を引き取るといわれながらも

2日間。

じいちゃんは、最後は私が外国から駆け付けるのを待っててくれました。

 

 

そして、じいちゃんはワガママなので、回復したように見せかけ

いったんみんなを安心させ、全員を家に帰し

そっと一人で「あーこれでゆっくり逝ける」と亡くなりました。

 

 

じいちゃんの顔に死に化粧するとき

ばあちゃんが眉毛を濃く書きすぎて、じいちゃんの顔見て爆笑しました。

棺に入れる前に、「手を、握っていいですか」と聞き

 

 

手を握ると

まだ温かかった。

 

 

じいちゃんの葬式は、どなたかの演歌が流れていて、

「葬式に演歌?」

と、みんなきょとんとしてましたが、

実はじいちゃんの遺言で、自分でテープに死ぬ前に録音した

自分の歌を流してたんです。

ワガママ自己愛じいちゃんですが、参列者には好評の歌声でした。

 

 

そんで、孫代表で、私が霊きゅう車に乗りました。

じいちゃんを焼く前、あんなに喧嘩していたばあちゃんが

「さよなら」

といった声が、今でも忘れられません。

培ってきた二人の歴史を、愛を、感じました。

 

でも、今でもじいちゃんの悪口ガンガン言うばあちゃんです。(´・ω・`)

 

 

ちなみに、

葬式の斎場で、じいちゃんにあいさつしようと、

棺のふたを開けたら

目が半開きで、

最後までおとなしく寝てくれないじいちゃんだなと

恐怖におののきました。

 

 

じいちゃんを見送って、また外国に戻る飛行機の中

空に広がる雲海が

まるで天国のようで

じいちゃんがあの辺歩いてるのかなぁ

なんて、思いながら

心の中でばいばいしました。

これがその空です。

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さて。

じいちゃんが死んで、もう何年も経った昨年の夏

ばあちゃんの家で眠っていたアルバムを整理してあげました。

 

アルバムの最後のページに

すごくハイカラなバンドのグループ写真があって

「じいちゃんどっかのバンドファンだったの?」

ってみんな謎の写真だったのが、

 

 

「あれ?これじいちゃんじゃない?」

 

 

なんと、じいちゃんは誰も知りませんでしたが

バンドマンでした。

舘ひろし似の、イケメンです。

 

 

誰かが生きた歴史は、不思議なもんです。

じいちゃんのことは何でも知ってるつもりだったばあちゃんですら

知らなかったバンドマンの姿。

 

 

じいちゃんは、きっと今もワガママに空からいつも見てくれてなんかないです。

暇になった時や、自分の話題をみんなが話してるとき、

しかもその話題がイイ感じの褒めてる話題じゃなければ

絶対見に来てくれてない。

 

 

そんなじいちゃんが、大好きです。

また、会いたいな。

じいちゃん、元気ですか。

歌は、楽しんでますか。

花束ヤラセ、してくれる友達できましたか。

相変わらずのワガママじいちゃんですよね、きっと。

もう大きくなったので腰は踏めませんが

マッサージならしてあげます。

 

また会える日まで、楽しみにしてます。