大人の夏休み日記

大人だって夏休みほしいじゃん?

江戸時代の教育制度②寺子屋?超雑ノリノリ文体説明

 文部科学省のHPに書かれていることを、私なりにまとめた内容です。

正式な内容を詳しくご覧になりたい方は、コチラ←をクリック

 

前回の藩校

 

zhiwill4zhang.hatenablog.com

 が、いわゆる国の作った国家公務員的武士を教育する施設だったとするなら、

 

寺子屋っていうのは?

 

庶民の子が学ぶところだったんですね。

(庶民の子:町人=商人・職人の子、一部の農民の子)

※農民の子どもは労働力としてカウントされることが多かったので、その辺りのパーセンテージは詳しくは分かりませんが、一応いるにはいたと思います。

 

藩校は今でいう経営学帝王学や、人々を統治する側の学習だったのに対し、

 

寺子屋日常生活に必要な勉強を行うところ

 

だったわけです。

 

日常生活に必要=読み・書き・計算

 

ってことです。

 

当時の言い方でいうと、

 

読み=読み物(よみもの)

書き=手習い(てならい)

計算=算用(さんよう)

 

これらを、当時の町民は『奉公制度』というのがあって(無給で働く制度)、その奉公先から、または若者組など、町の人同士でグループを作ってそのグループで学習しましょう、ということが社会生活で行われました。

 

さて。

ここで。

非常に有名な人物の寺子屋先生がいます。

 

背中に薪を背負って、本を読みながら歩く子どもの銅像

二宮金次郎

皆さん知ってますよね。

アノ方です。

 

本当の名前(大人になってからの名前)は、

二宮尊徳(1787年~1865年、69歳で逝去)

→江戸時代末期に活躍ってことですね。

 

二宮尊徳さんが唱えた勉強の法則

報徳思想(ほうとくしそう)

 

報徳思想とは?

至誠(しせい)・勤労(きんろう)・分度(ぶんど)・推譲(すいじょう)

 

この四つです。

「何その難しい言葉・・・」と思ったあなた。

 

さて。じゃあそれぞれどんな意味か、ジャッとザッとパパッと説明してみましょう。

全っっ然小難しい話ではないです。笑

 

  • 至誠

世の中はカオス(ぐっちゃぐちゃのめちゃくちゃ)で、そんな世の中や人に対して『誠(まごころ)』を持たないとダメですよ。

 

  • 勤労

NOT『働く』です。上の至誠の心で行動(日常生活)をしましょう。ようは、『至誠の心で選択』すること。

 

  • 分度

至誠で、勤労すると、いつの間にか無駄遣いがなくなっていくよ。最後には必要なものだけになるよ。

 

  • 推譲

至誠、勤労、分度、この三つをやると残ったものがあるよね。それを他の人に譲りましょう。

 

これが報徳思想だそうです。

 

藩校と同じように、人間教育に力を入れていますね。

 

実際には、寺子屋で具体的に何をしていたのか。

 

まずは、手習い(書き方)を習います。

いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせすん

 

聞いたこと、ありますよね。

 

これが、今でいう五十音『あかさたな』です。

 

習い方がオシャレ!!!

(*´з`)WOW!! AMAZING!!

Japanese People!!

 

だって、ですよ。

 

( ゚Д゚)「あ・い・う・え・お、か・き・く・け・こ、、、」

 

・・・つまんない。

(´・ω・`)ショボン

 

これが、ですよ。

 

いろはにほへと ちりぬるを

色は匂へど 散りぬるを

=香り欲色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう

 

わかよたれそ つねならむ

我が世誰そ 常ならむ

=この世に生きる私たちだって、いつまでも生き続けられはしない

 

うゐのおくやま けふこえて

有為の奥山 今日越えて

=この常に移り変わる世の中、儚く変化していく世の中は『迷い』。その奥山(深い山、迷いを『奥山』と例えている)を今乗り越えて

 

あさきゆめみし ゑひもせすん

浅き夢見じ 酔ひもせず

=悟りの世界に至れば、そういうことに悩まされることもなく、現実にありもしない世界に酔いしれることなく、安らかな心でいられますよ。

 

これを私なりにまとめてみると、

『花みたいに美しいものだって、枯れて散っていくんだ。私たちだっていつかは、死んでしまう。そうやって移り変わっていく世の中なんだから、誘惑や幻想にとらわれないで、ありもしないことを思い描かず毎日を大事に生きましょう』

 

ってことかなと。

オサレ!こんな形で平仮名を習うなんてオサレ!

※実はこれには仏教の考え方が大いに繁栄されています。

 

ある程度手習い(書き方)が終わると、往来物(おうらいもの)という教科書のようなものを使って、当時の時代背景に合わせた内容を勉強します。

大体メインとしては、地理・歴史・道徳ですね。

寺子屋の教師が自ら作ったものが多いそうです。

(手作りで教科書作れるっていうのが、すごい。優秀な教師が多かったのかなぁ…)

読み物として国語の役割ももちろんありました。

 

塵劫記(じんこうぎ)、という江戸初期に作られたそろばん書(算数)も使っていたそうです。近代に入って筆算が導入される前に、すでに日本の庶民には計算の能力が培われていたのです。すんばらしぃ。

 

と、いうことで。

まとめとしては、やはり寺子屋も藩校と同じく、

人格教育を大事にしていたってことです。

 

 

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