大人の夏休み日記

大人だって夏休みほしいじゃん?

依存症を捕まえた私 その2 依存を認めるってリーム―(無理)

前回の記事を読んでいない人はそこから読んでください。

 

で、前回の記事で

「自分が依存していることを認めるのが第一歩」

という話をしましたが、これって、自らの経験上分かります。

 

はっきり言えば、

 

リーム―(´゚д゚`)

ムーリー(゚∀゚)

無ー理ー( ・`д・´)

 

です。

だって、自分がそうだったから。

 

ていうかですね、

私は自分に何にも依存しているものがないと思って話を進めていましたが、(何様)

担当医に指摘されて

「はぅあっ!!(゚д゚)!」となりました。

 

「あなただって、手放せない何かがあったでしょ?(にっこり)」

「あー。。。。。【...You are right( ;∀;)】←心の声

 

そうです。渦中にいる人は、それが依存なのか何なのか、そもそも理解していないことがあるわけです。

 

これをですね、他人が指摘しても当人が困っていなければ(私はしんどかったし辛かったから、周りが引っ張り戻してくれたけど)認識しようとしないのが当然です。

 

  • ギャンブルもそう
  • アルコールもそう
  • 買い物もそう
  • 女性・男性もそう
  • 携帯もそう

 

こういうのって本人が認識するわけなんかないですし、周囲に迷惑がなければ他人はほっときますよ。

 

心の底から

OMG

(おー・まい・ごっど) 

嗚呼。

だから最初のバーでいわれた言葉がピンときたわけですね。

 

「社会構造的にそうなんだよ」

 

例え愛着形成期に問題があっても、周囲のサポートがあれば抜け出せる可能性があるってことですよね。

 

でもこの世の中は、そういう依存者を生み出すようなシステムですよね。

 

  • お手軽に法律上禁止なはずのギャンブルが当然のごとく蔓延っている。
  • 流通のシステムはどんどん加速して欲しいものはいつでもどこでも手に入る。
  • どの世代にも孤独はどんどん広がって、どこぞの誰かを支えあうシステムは不十分。
  • ストレス発散のためにと、簡単に依存しやすいお酒がすぐに手に入る。

 

な ん と。

優しい世の中になってほしいと願ってやまない私は、ワンパンチでK.Oです。

 

・・・そんなデッカイもんとは、戦えん。

 

偽善者な私は、悔しくてたまらない。

だから、迷う。

ク〇ッタレ偽善者め、と自分を罵りたくなる。

世界中みんな幸せになれとかほざく自分が、恥ずかしくなる。

そんな途方もないものと戦うなんて、自分には無理すぎて悔しい。

 

ただ、少なくとも。

少なくともいえることは…

私は救われた。

 

愛着形成に問題があろうが、

渦中にいて聞く耳を持たなかろうが、

周囲のサポートがあった。

 

皆さんにも、そういう依存するものがあるとしたら

認めるって無理だと思います。

自分でね。

だけど、それが誰かから見て「You変だよ」「大丈夫?」と

言われ始めたとき

気付いてほしい。

それは、その人があなたを救いたいと思う

優しい心が生み出した一言。

 

あーーーーーーーーーー悔しい。

とりあえず、美味しい母ちゃんのご飯食べて、落ち着きます。

 

 

あ、次のその3では、先生とのセッションの続きを書きます。 

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